2012年06月01日
知覧特攻平和会館
鹿児島旅行の最後に
知覧特攻平和会館を訪れました。
夫の大伯父が、第51振武隊の一員として出撃し、
昭和20年5月6日に沖縄洋上で戦死しているので、
夫が、ずっと訪れたいと願っていたところです。

写真は、会館敷地内にある三角兵舎。
特別攻撃隊の隊員が出撃までの間、生活をしていた所です。
夫の大伯父の写真もありました。
第51振武隊の中で、その日、出撃したのは、大伯父1人。
第51振武隊は、1人、1人、7人と3回に分けて出撃。
遺書を読み、それぞれが、どんな思いで出撃していったかと思うと、
胸を締め付けられる思いがしました。
大英帝国の衰退は、第1次世界大戦の際に、
将来を担う人材が西部戦線で犠牲になったことが一因だそうです。
今の日本の状況の原因も同じかもしれません。
後世の人々に同じように評価されないように、
大伯父たちに守られた命を引き継ぐ私たちが、
しっかりがんばらねばと、強く思いました。
知覧特攻平和会館を訪れました。
夫の大伯父が、第51振武隊の一員として出撃し、
昭和20年5月6日に沖縄洋上で戦死しているので、
夫が、ずっと訪れたいと願っていたところです。
写真は、会館敷地内にある三角兵舎。
特別攻撃隊の隊員が出撃までの間、生活をしていた所です。
夫の大伯父の写真もありました。
第51振武隊の中で、その日、出撃したのは、大伯父1人。
第51振武隊は、1人、1人、7人と3回に分けて出撃。
遺書を読み、それぞれが、どんな思いで出撃していったかと思うと、
胸を締め付けられる思いがしました。
大英帝国の衰退は、第1次世界大戦の際に、
将来を担う人材が西部戦線で犠牲になったことが一因だそうです。
今の日本の状況の原因も同じかもしれません。
後世の人々に同じように評価されないように、
大伯父たちに守られた命を引き継ぐ私たちが、
しっかりがんばらねばと、強く思いました。
Posted by ヴェリタス at 06:18│Comments(1)
│歴史・昔話・神話
この記事へのコメント
お久しぶりです。お元気でしたか?
Posted by Integrity Japan
at 2012年06月01日 13:18
